目を覚ました娘は、部屋に見知らぬ娘がいたので驚いた顔をしたが、彼女が緑の少女でないことにがっかりした。
「この部屋に別の子はいませんでしたか」
娘の問いかけに村から連れてこられた娘は目を見開いた。てっきりすぐに食べられるとでも思っていたのだろう。
「いいえ、あなた以外誰もいませんでした」
そう、と軽く失望したように娘はベッドを降りた。
その細い足首を見て緑の子どもは泣きそうになった。
(あたしはここにいる!!)
気づいてほしかったが、やはり人間は怖かった。自分を捕まえて、傷つけたから。
緑の子どもには気づかず、娘たちのやりとりは続いた。
「あなたが・・・・・・森に住む聖女なのですか?」
「化け物の間違いでしょう」
緊張して尋ねる娘に、小屋の娘は自嘲気味に答えた。
村娘は目を見開いた。
たしかに貴族の娘でありながら奇病にかかり、森の奥深くに隔離された彼女は魔物ともいえる。実際、彼女の吐く息を吸って死んだ者も少なくない。だが、それでも貧しい村人たちにとって彼女はなくてはならない存在だった。
「どうか・・・・・・私の処女をお受け取り下さい」
震える声で告白する村娘を、貴族の娘はなんの感情も浮かべない瞳で見つめた。
緊張で硬くなる村娘のワンピースを脱がし、下着姿にすると貴族の娘は彼女をベッドに横たえた。
「怖がらないで」
肩にキスをしてささやく。
これはただの食事にすぎないのだ。
「あなたは結婚するの?」
「いいえ」
結婚の持参金がほしくて彼女に処女を捧げ、それで「家」から得た金を持って嫁ぐ娘もいる。嫁ぎ先で処女を証する方法はいくらでもある。男たちがほしいのは処女ではなく、処女の証なのだから。
だが森に住む娘は違った。処女の血が唯一受け付ける食事なのだ。
その回数や期間はまちまちだが、最低でも月に一度は血をすすらないと動きがのろくなり、思考も定まらなくなる。「食事」を止めて三月もすると仮死状態になるが、その後一度でも処女の血を飲むとまた生き返る。そうやってもうどれくらいの処女を摘んできただろう。
そんな娘でも母親は死なせるには忍びなく、貧しい村の娘を言葉巧みに誘って処女を捧げさせていた。少女たちも金が必要で、一度きりなので村では暗黙の了解となっていた。そして娘にはもう一つ大切な役割があった。
「ならなぜ?」
鎖骨のあたりにキスを落としながら娘は尋ねた。
村娘は下着の胸元を押さえていたが、次の瞬間、懐から小さなナイフを取り出した。
「!」
上に乗っていた娘は身を引いたが一瞬遅く、ワンピースの胸元が切れた。だが、肌には傷がついていなかった。
「・・・・・・」
「私はあなたに処女を奪われたイマリの妹!姉は身分違いの貴族の息子に嫁ぐためにお金がほしくてあなたのもとへやってきたけど、嫁ぎ先で処女じゃないとばれて破談になったのよ!!姉さんは恥をさらされて自殺したわ!!」
村娘の告白に、貴族の娘はつらそうな顔をした。
村娘はナイフの柄を握りしめた。
「この―――化け物!!」
ベッドを下りて貴族の娘につかみかかろうとした瞬間、その足にしがみついたものがあった。
「!」
「きゃあっ!!」
緑の子どもだった。緊迫した雰囲気にいてもたってもいられず、ベッドの下から飛び出したのだ。
「なに、この子!?離して!!」
緑の子どもの肌の色に気づいた村娘が声を上げた。さっと緑の子どもの顔がこわばる。それに気づいて貴族の娘が動いた。
村娘の両手首をつかみ、顔を寄せると娘にキスをする。
娘の息が男にとっては毒だが、女にも少しは効果がある。
村娘の体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
緑の子どもは驚いたように身を離した。
貴族の娘はちょっと笑って緑の子どもに礼を言った。
「ありがとう、助けてくれて」
すると緑の子どもはかすかに赤くなってぶんぶんと首を振った。
「あ、あたし、も、助け、られた、から――」
「もう体は大丈夫?」
「う、うん、ありがと・・・・・・」
娘は微笑むと、
「ちょっと手を貸してくれる?」
と言って緑の子どもと一緒に、意識を失った村娘をベッドに寝かせた。
ナイフは道具入れの中に入れ、代わりに縄を取り出すと意識を失った娘の手首を縛った。
「ど、どうするの?」
「そうねぇ・・・・・・」
緑の子どもがいなければこのまま処女を頂いて腹を満たすところだが、いかんせん子どもの前ではできない。といって、緑の子どもを追い出すこともできなかった。
「あなたはなぜあんなところで倒れていたの?」
ひとまず村娘のことは置いておいて、娘は緑の子どもに尋ねた。
「あた、あたしは、一人で森にいるところを人間に見つかって捕まったの。でも森から離されて具合が悪くなったら捨てられたの」
森の子どもの話に貴族の娘は眉をひそめた。伝説の森の子どもは珍しいから売れるとでも思ったのだろう。
「かわいそうに。怖かったでしょう」
そう言って娘は緑の子の頭を撫でた。緑の子は驚いたような怯えたような顔をしていたが、娘の手つきが優しかったのと、髪がつやつやしていることに気づいておとなしく撫でられるがままになっていた。
娘は、森の子どもがまるで野生の獣の仔のようだと思いながらその髪を撫でていた。
「あなたはもう行ってしまうの?」
「うううう、ここがあたしの居場所。ここにいればあたしは自由。人間さえいなければ」
そう言って両手広げて自分の周囲を示す緑の子に娘は目を丸くした。
「『ここ』って・・・・・・この森のこと?」
「そう」
「じゃあ私もいてはいけないの?」
「あんたはべつ。あたしを助けてくれたし。ね、名前はなんて言うの?」
「エメロードよ。あなたは?」
「ジャスミン・フュンチェン」
「フュンチェン・・・・・・?」
「フュンチェン」
「少し難しいわね。フューでいい?」
「いいよ、その方が人間に名前がばれずにすむ」
「知られては困るの?」
「うん、支配される」
なら自分にも教えてはいけないのではないだろうかとエメロードは思ったが、まだ子どもで、まっすぐに自分を見つめるジャスミン・フュンチェンの目になにも言えなかった。
【続く】
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