Wという生き方
藤間紫苑
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どうして服を着なきゃいけないんだろう。
寝間着を脱ぎ、シャツに腕を通しながら春日(かすが)はふと疑問に思った。
べつにブラジャーを着けるのが嫌いなわけじゃない。シャツの糊も好きだし、ストッキングの肌触りも好きだ。でも今日は着たくない。
春日は袖に左腕を通したまま、姿見の前に立った。
ショーツとストッキングにブラジャー、そして片腕だけ通したシャツ姿。顔は下地を塗ったままで、ファンデーションも口紅も付けていない。長い髪はドライヤーで乾かしただけで、肩に垂れている。鏡に映った女性を、春日はなんとも不恰好なオンナだ、と思った。
ではシャツを脱いだらどうだろうか?
春日はシャツを脱いだ。
ブラジャーとショーツとストッキング姿。まるで恋人を待つ前の女のようだ。そう、今日は大好きな本社の部長が視察に来る日なのだ。意識したつもりではないが、お気に入りを着用している。レースをふんだんに使ったショーツとブラジャー、ちょっとした飾りが付いたストッキング。別に部長に知られたいとは思わないが、いい女だと思われたい。そんな心の表れだった。
でも今は服が着たくない。
くびれた腰に手をあて、春日は考えた。
何が着たくないのだろう。シャツか? ブラジャーか? ストッキングか?
この三つは雑誌などでリラックスする時に外す物として取り上げられていた。春日はブラジャーを外してみた。まあるい乳房が鏡に映った。つんっと勃起した乳首はご愛嬌か。
上半身が裸で、下半身がストッキング姿というのは、アンバランスだった。春日はストッキングを脱いだ。
本来なら服も着替え終わり、化粧も済ませ、バックの中の鍵を探す時間に、春日はショーツ一枚の姿で立っていた。レースのカーテンの向こうを満員電車が通過して行く。
春日はショーツを脱いだ。剃って整えられた陰毛がきらきらと光る。左足をぐっと開き、姿見の前で立つ女性を見て春日は満足した。
春日は普段から裸で生活している女性ではなかった。家の中でも部屋着でいたし、外に出るとき化粧をせずに出る日は一日もなかった。それについては特になにも考えた事は無い。高校卒業時に知り合いの化粧品販売員に勧められた化粧をし、雑誌に紹介された服を着て生活していた。学校を出ると親に自立を促され、一人暮しを始めた。その後も雑誌に紹介された服を着て過ごしたが、特に疑問を感じなかった。何故、今日になって突然このような気持ちになるのか、春日には分らなかった。
服飾の歴史や、猥褻罪という言葉が春日の頭を過ったが、それらは服を着る動機にはならなかった。裸でいるのはとても心地好かったので、春日はそのままベッドに横たわった。
春日は自分の体を触った。しっとりした顔、ちょっとかさかさした喉元、盛りあがった胸、乾いた肘、窪んだ腰、膨らんだ腹、揃えたばかりの陰毛、濡れたヴァギナ。
裸でいることの開放感からか、はたまたヌーディスト願望の表れか。春日は素直な体の反応を可笑しく思った。
裸になって横になるのは、とても気持ちが良かった。何故今まで服を着ていたのか春日は疑問に思った。服を脱ぐのはとても簡単なことなのに。規律や法律に思考が縛られ、そのことに気付いていない自分がとても恥ずかしかった。
そういえばどうして裸でいてはいけないんだっけ。
一番最初に思うのは服は体を保護する役割があるということだ。長ズボンと半ズボンというだけでも、膝に出来る怪我の度合いは違う。生地の厚さによっても違う。春日はぎゅっと腕を掴んだ。弱い膚だ。
だが腕を出したり足を出したりするのは休日の服装となんら変わりは無い。
女性の胸や性器周辺を出すのがいけないのは何故だろう。興奮するから? でも好きでもない人の裸を見たって興奮しない。現に私はグラビアアイドルのヌード写真を見てもちっとも興奮しない。興奮するのは神取忍とか、うちの部長とか。
部長を思いだし、春日は胸を両手で隠した。乳首が興奮している。裸のまま生活していると、自分が興奮した事が分かって恥ずかしいかもしれない。だがそれは一時的なことに過ぎない。皆が裸になり、興奮していたらそれが普通になるだろう。
春日は部長を思い出した。ショートカットの黒髪、意思の強い瞳、いつも深いブルーのパンツスーツを着て、胸にタツノオトシゴのアクセサリーを付けている。
--春日君、食品部門の報告書はありますか?
部長が前回来た時の声や仕草を春日は思い出した。確かこう万年筆を持って、書類にサインをしていた。あのペン先で私の体を嬲って欲しい。
春日はそんな淫らな想像をしつつ、指を動かした。左手の指で小陰唇を開き、右手の中指をヴァギナからつうーっと、クリトリスまで走らせる。
ペン先を想像し、クリトリスに爪を立てる。鋭い痛みが全身に走った。
「あう!」
春日の肉襞から愛液が溢れ出た。体の奥がきゅうんっと縮む。
カーテンの向こう側を満員電車が通り過ぎていった。
春日はベッドから下りた。陰部はまだ濡れている。乳首は興奮で勃起していた。
鏡を覗くと、見なれた顔の女性が立っていた。先程と少々様子が違う。体は瑞々しく燃え上がり、髪は豊かに波打ち、瞳は潤み、乳房には張りがあり、乳首は異様なほど勃起している。腿には愛液が滴っていた。
恋するオンナは美しいって本当なんだわ。
鏡に映る女性の変貌ぶりに春日は驚いた。
その時、くるるるる、と腹が減る音がした。普段ならこの時間はコーヒーショップでパンをかじっている。
冷蔵庫を開けてみたが、普段家で食事をしない春日の冷蔵庫は牛乳と食べもしない梅干とカレー粉しか入っていなかった。
食事に出かけよう。
そう思ってはたと立ち止まった。お金はどうすればいい? お財布は手に持つのか? こんなに裸が気持ちが良いのに?
財布は裸という開放感を阻害するものだった。しかし金を持たなければ買い物は出来ない。腹は減った。春日は悩んだ。
今日はご飯なしにしよう。そうしよう。
春日はぽんっと手を叩き、頷いた。
通勤電車が通り過ぎていく。もう何台目かわからない。
電車の音を春日は聞いた。スーツに身を包んだ女性達が通勤電車に揺られている。
スーツが嫌いなわけじゃない。
仕事が嫌いなわけじゃない。
でも春日は裸になることを選んだ。
ドアを開けて外に出よう。
そう春日は決心した。
♀
扉の外に出るのは、思ったより簡単だった。窓から入る風に押されるように、春日はドアの外へ出た。
鍵を閉めないのは無用心かもしれない。
でもこの開放感を止められる者はいないと、春日は思った。
マンションの廊下には誰もいなかった。
不況のせいか、二部屋程空家になっている三階の廊下を春日は裸のまま歩いた。
足の裏に砂利が当たって少し痛い。綺麗な廊下のように見えたが、結構汚れているものだと春日は思った。
一歩、また一歩と進む。
コンクリートの上に積もった小さな砂利やゴミが足の裏に食い込み、痛い。
砂地でゴミがあるというのなら海水浴場も同じだが、硬いコンクリートと柔らかい砂地では衝撃が違った。
春日は足早に廊下を通り抜け、エレベーターに乗った。
一階の管理人室前を通った。だが普段と変わらず管理人室の窓はカーテンで遮られていた。春日は入居の時以来、ここの管理人に会ったことがなかった。
本当にいるのかしら?
春日は疑問を感じつつ、通り過ぎた。
自動扉が裸の春日を認識し、開いた。
マンションの前には大通りがあった。何台もの車が走り去っていく。春日は一歩前に進んだ。自動扉をまたぐ。
自動車の騒音がやけに煩(うるさ)く聞こえた。
外に出た春日はどうしよう、と辺りを見渡した。とりあえず食べる物を探したが、販売物以外の食べ物は無かった。
熱いコンクリートに包まれた街に、そうそう食べ物が転がっている筈はなかった。
春日はマンションの敷地から出て、アスファルトの地面を踏んだ。
歩道は連日の猛暑の熱を含み、温かかった。午後になると溶けるほどの熱さになるのだが、オフィスで働く春日は知る由もなかった。
あったかーい。
春日は地面の温かさを幸せに感じた。
歩道はゴミが多かったが、マンションの廊下に比べてやや歩きやすかった。
柔らかいアスファルトの上を、春日は軽快なステップで歩いた。
春日は夏の風を肌に直接感じた。腕の周りを、腹の辺りを、乳房の上を、股の間を通る風を春日は感じた。くるりっと回ると生温かい風が体にまとわりつく。
裸になれば暑い夏の日も結構イケルかも。
春日はふふふっと軽く笑った。
彼女の姿に驚き、目を見開く者や、軽蔑の眼差しを送る者がいたが、春日は投げキッスを飛ばし通り過ぎるのだった。
春日は街中に立っている時計を見た。
九時四十五分。
部長はいつも午前中に来る。そうだ、これから会社に向かおう。
春日は我ながら良い考えだと思った。
歩いていくと一時間くらいで着くだろうか。春日は腰に手をあて、格好良く歩いた。
きりりとした姿で歩く春日は、確かに美しかった。
人々の眼差しは蔑みから憧れへと変わっていった。
軽い髪の毛が夏の風にふわりっと浮いた。白い項(うなじ)がちらりと覗いた。
肩はゆるりと風を切り、興奮した乳房は夏の日差しの下で揺れていた。腹は揺れ、陰毛は海藻のように風に靡いていた。
気持ち良く歩いていた春日の後ろから、けたたましくクラクションを鳴らす一台の外車が近付いてきた。
春日は振り向かなかった。
前を見てしっかりと歩いた。
外車の持ち主はクラクションを鳴らすのを止め、春日の隣に着き、窓を開けた。
「春日、春日じゃないか」
憧れの部長の声に春日は驚き、隣を見た。間違い無い。本社の部長・東山翔子本人だ。
「どうした、その様な姿で。最近の日差しはハンパじゃないから火傷するぞ。
車に乗りたまえ」
何故、ここに部長がいるのか。
春日は急な展開にくらくらした。自分の予定では会社に着いてから部長室を訪れる筈だったのに。
春日は部長の甘いマスクに誘われて、つい助手席へと乗ってしまった。
車に乗ると足が熱いアスファルトに軽く焼かれ、じんじんしていることに気付いた。
翔子は上着を脱ぎ、春日に手渡した。
「これを羽織るといい」
春日は首を横に振った。
「部長、私、裸でいたいんです。
今朝、突然服を着ることに疑問を感じて、裸になったんです。
裸になったら……その、開放感が気持ち良くて」
「女性はいつでも隠さねばならないからな。
春日のその体、綺麗だぞ」
部長の言葉に、春日は目に涙を浮かべた。
「ありがとうございます。
……でもこの上着は受け取れません」
春日は上着を翔子に突っ返した。
「そうか」
翔子は公園の隣の車道に車を止め、座席から下りた。
「春日、おいで」
助手席のドアを開き手を差し伸べる翔子を、春日は格好良いと思った。春日は翔子の手に導かれるまま車を降りた。
「アスファルトが熱かろう。公園まで私が連れて行ってやろう」
そういうと翔子は春日の体を抱き上げた。春日は興奮に震え、翔子の首に抱きついた。
公園の日陰になった芝生の上で春日は降ろされた。芝生の感触がくすぐったく、春日は声を出して笑った。
「私も裸になるかな」
翔子はネクタイを緩ませ、外した。
彼女の積極的な態度に春日はドキドキした。引き締まった翔子の裸体が、夏の風にさらされた。
春日は芝生の上に正座し、翔子を見つめていた。憧れの部長の裸体が春日の目の前にあった。小さな胸に少し長い陰毛。春日は翔子の恥ずかしい部分に目が行ってしまう自分を反省した。
「確かに気持ちがいいな」
そういうと翔子は春日の腕を掴み、押し倒した。
「いけないな、私は邪で。
君のように純粋にはなれない」
春日は翔子にむりやり唇を奪われた。この場合、どちらが先に誘惑したのだろう、と春日は思った。春日の柔らかい唇の間から、翔子の温かい舌が侵入してきた。
「いや?」
翔子の質問に、春日は軽く首を振った。
「ん…………!」
春日の口の中で翔子の舌は乱暴に踊った。右の乳首同士が重なり合い、春日は快楽を感じた。
春日の股は大きく開かれ、翔子の腰が割って入ってきた。春日は両足を押さえられ、腹の上へと持ち上げられた。
春日は自分の陰部が奥の方まで開かれ、翔子の視線の先にあることを恥らった。春日の桃色のヴァギナは興奮に膨らみ、神秘的な露に濡れていた。茂みに隠れているクリトリスは姿を見せ、目の前にいる女に嬲られるのを待っていた。
「可愛い私の春日」
そう言うと、翔子は春日のクリトリスにキスをした。
「あ…………」
翔子の力強い舌は、春日のアナルに差し込まれた。アナルから徐々に昇ってくる快感。春日のヴァギナは長い舌に貪られるのを待っていた。
部長の舌がくる……。
翔子の舌は春日の濡れた襞の奥へと差し込まれた。赤い唇が小陰唇を吸った。じゅるじゅるというセックスの音が芝生に吸い込まれていった。
「ああ…………」
足を高く上げられ、胸を揉まれていた春日は、歓喜の声をあげた。興奮した乳首は会社の上司である翔子の指に摘まれていた。くりくりと動かすその動作は、春日の性感を高ぶらせた。
もっと欲しい。
春日は翔子の頭を掴み、陰部へと押し当てた。舌がさらに体内に侵入してくる。
「春日、ココは好きか」
翔子が顔をあげ、春日の瞳をじっと見た。
春日は体内に指を入れた経験が乏しかったので、返答に戸惑った。
「そうか。では優しくしよう」
翔子がそう言い終わらないうちに、春日のクリトリスから激しい快感が押し寄せてきた。
「はあ……ん」
「ここは春日の急所かな?」
翔子の舌は上へ下へ右へ左へと動き、春日のクリトリスを苛めた。その動きと連動して乳首がきゅっ、きゅっと摘まれた。
「やん……やん……」
唾液に濡れた舌の感触は、オナニーの指の感触と全く違った。ぬるぬるとした舌は春日のクリトリスを包み込むように、時には弾くように動いた。そして乳首への容赦無い責めも続いた。
「あ………………」
一本の指が肉襞を分け入ってきたのを春日は感じた。優しく、ゆっくりと、翔子の指は春日の体の奥へと進んでいった。
「濡れてるよ、春日のここ」
翔子のセリフに春日は真っ赤になり横を向いた。
するとジョギング中の男が目の中に飛び込んできた。春日が見ると、男は恥ずかしそうに走り去った。
「どうしたの? 愛液が溢れてきた。
見られて興奮するんだね」
二本目の指が春日の体内に差し込まれた。
「はあぁ…………」
「動かすよ」
部長の指が私の秘所を弄っている。
翔子の指は春日の一番感じやすい所に触れた。春日はあまりの気持ち良さに仰け反った。飛び出したクリトリスを再び翔子に舐められ、春日は腰を振った。
快感は止まらなかった。
セミの声も、芝生の柔らかさも、夏の風も、春日を嬲っていた。
「愛らしい春日。
お前は私の女だ」
その言葉に春日は体を揺らしながら応えた。すると翔子は責めをさらに激しくした。
「いい! して……そこをもっとして……お願い……。
部長…………」
「部長じゃない。翔子と呼びなさい」
「翔子さん、いい、気持ちいいんです。
もっと……して……いい」
「してあげるよ。もっとよくしてあげる」
春日は翔子にクリトリスを抓られ、激しく痙攣した。
「お前はもう私のものだよ、春日。
裸のまま私の傍にいるんだ。
皆に見せてやろう。この美しい肢体を。柔らかい乳房を。濡れた陰毛を」
「翔子……さ……ん…………!
イ、イク……!……!…………!」
春日は汗で濡れた芝生の上で体を強張らせた。頂点に達している春日に、翔子は更なる快楽を与えた。
クリトリスがきゅっと、噛まれた。
「イ………………!」
春日は広い公園の緑の中で、悦楽の声をあげた。
♀
春日は車の中で、裸のまま座っていた。
翔子は春日の裸体をちらっと見て、上着を差し出した。
「まあ……なんだな、君を他の人に見せたくないんだ…………その……独占欲ってやつだ」
翔子は照れくさそうに笑った。
人が服を着るのは、独占欲があるから?
春日はくすっと笑い、翔子の上着を受け取ると、素肌の上に羽織った。
<終>
■藤間紫苑様
■個人サイト:藤間紫苑のHP
http://www.fujimashion.com/■藤間紫苑様より自己紹介
同人活動では昔「少女帝国」を主催していました。またレズビアン同人誌「XX」に投稿していました。
その後Piasという今は無きゲームメーカーから「人形の匣~愛のディティール~」というゲームの企画・シナリオをさせていただきました。 2010年春から
http://clap-comix.com/のブログにて小説を連載しています。
よろしくお願いします。